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2020/09
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長崎は今日も・・・・ その⑰
”興福寺”
長崎は今日も・・・・

興福寺は、「長崎三福寺」(興福寺、福済寺、崇福寺)のひとつで、元和6年(1620)中国人がキリシタンでないことの証と唐船の航海安全の神、媽祖(まそ)を祀る寺として創建された。 わが国における最初の黄檗禅宗の唐寺(とうでら)です。主として南京出身の船主らの寄付によって建てられたので「南京寺」ともいう。 また、雄大な朱丹色塗りの山門により「あか寺」として親しまれています。

◇山門(あか門)(県指定有形文化財 昭和34年1月9日指定)
長崎は今日も・・・・

◇興福寺本堂(大雄宝殿・だいゆうほうでん) 国指定重要文化財 (昭和25年8月29日指定)
長崎は今日も・・・・

いつもきれいにお供え物がされているんですよね。(今回で3度目の訪問)
長崎は今日も・・・・

季節折々の供え物。
長崎は今日も・・・・

”仏手柑”
長崎は今日も・・・・

興福寺本堂は中国から招いた工匠が作った純中国式建築。柱や梁には巧緻な彫刻、 とくに、氷裂式組子(ひょうれつしきくみこ)の丸窓、アーチ型の黄檗天井、大棟の瓢瓶(ひょうへい)などが珍しい。

◇氷裂式組子(ひょうれつしきくみこ)の丸窓
長崎は今日も・・・・

◇アーチ型の黄檗天井
長崎は今日も・・・・

◇大棟の瓢瓶(ひょうへい・災害が振りかかると瓢瓶が開いて水が流れ、本堂を包み込むという意がある火除けのおまじない)高さ1.8m
長崎は今日も・・・・

◇興福寺媽姐堂(まそどう)(海天司命堂)県指定有形文化財 (昭和37年3月28日指定)
長崎は今日も・・・・

媽姐(まそ)は、「天妃」「天后聖母」「菩薩」などの呼び名がある。航海の守護神で、華南地方で深く信仰された。 長崎へ来航する唐船には必ず「媽祖」が祀られ、在泊中は、船から揚げて各由縁の唐寺の媽祖堂に安置した。 これを「菩薩揚げ」といい、賑やかに隊列を組んで納めたという。

媽姐堂(まそどう)の前にはおみくじやハート型の可愛らしい絵馬が。
長崎は今日も・・・・

絵馬がハート形なのは興福寺のシンボル・ソテツのハート型の実がモチーフなのでしょう。

シンボルのソテツ。
長崎は今日も・・・・

立派ですねぇ。
長崎は今日も・・・・

◇鐘鼓楼 県指定有形文化財 (昭和37年3月28日指定)
長崎は今日も・・・・

何やら魚らしきオブジェ?発見!
長崎は今日も・・・・

オブジェ?なんて思ったら大間違い!

これは” 魚板(鱖魚けつぎょ) ”といいまして、正式名称を「はんぽう」といい、お坊さんたちに飯時を告げるため叩いた木彫の魚。
この魚板は全国の禅寺によくあるが、興福寺のものは日本一美しいと定評があるそうです。

けつ魚は揚子江に住む幻の魚といわれています。 長年叩かれたので、腹部は凹んでいますが、当時は叩く音が遠くまで聞こえ、山裾までとどいていたそうです。

もうひとつ並んでさがる小振りの魚板は雌で、雄雌一対で懸けられるのは大変珍しい。

◇雄の魚板
長崎は今日も・・・・
雄の口にふくむ玉は欲望、 これを叩いて吐き出させるという意味をもち、木魚の原型とみなされています。

◇雌の魚板
長崎は今日も・・・・

雌なのか。丸っとしていてかわいい♪
長崎は今日も・・・・

興福寺は見どころ満載です!

◇中島聖堂遺構大学門(長崎市所有) 県指定有形文化財 (昭和35年3月22日指定)
長崎は今日も・・・・

儒教の祖「孔子」を祀る東京の湯島聖堂、佐賀県の多久聖堂とともに長崎聖堂は、日本三聖堂のひとつ。儒者向井元升が正保4年(1647)に聖堂・学舎を創設した。 寛文3年(1663)市中大火で類焼、一時衰退などあったが、 元升の子元成が京より帰来したのでこれを迎えて再興、聖堂を正徳元年(1711)8月に竣成した。

長崎聖堂というが、中島川のほとりにあったので「中島聖堂」と呼ばれた。聖堂は長崎奉行の保護下にあり、壮大な構えであったが、 明治初年に廃滅し、杏檀門と規模縮少した大成殿を残すのみとなったので、昭和34年保存のため興福寺境内にに移築。門扉に大学の章句が刻まれているので、俗に大学門と呼ぶ。

◇三江会所門(さんこうかいしょもん) 県指定有形文化財 (昭和37年3月28日指定)
長崎は今日も・・・・

長崎在留の清国人のうち三江(江南・江西・浙江の3省)出身者が明治11年(1878)三江会を設立し興福寺に事務所を置いた。明治13年(1880)その集会場として三江会所が建てられた。

主屋は昭和20年(1945)原爆により大破し、門だけが遺存する。

中央に門扉、左右は物置の長屋門式建物で、門扉を中心に左右に丸窓を配し、他は白壁、門扉部分上部の棟瓦を他より高くした意匠は簡素清明。 大雄宝殿と同じ中国工匠の手になるものと思われる肘木(ひじき)、虹梁(こうりょう)、彫刻など細部手法は純中国建築様式で、敷居は高く、これは、豚などが門内に入らないよう工夫した「豚返し」と呼ぶ中国民家の様式。

◇丸窓
長崎は今日も・・・・

あとは、見落としがちだけど軒の「卍」模様がかわいかったです。(かわいいという表現がいいかは別として)
長崎は今日も・・・・

本当はこの”興福寺”と合わせて「長崎三福寺」と呼ばれるお寺の残り2つ(福済寺、崇福寺)へ行く予定でいましたが、今回はある理由でやめました。(その理由はまた後ほど)

興福寺を後にして、名所中の名所へ。

ヒントはこちら。長崎と言えば?
長崎は今日も・・・・

長崎は今日も・・・・ その⑱へ続きます。

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※記事内の説明文はこちらのサイトから転載させていただきました。(無断ですみません。。)
■ここは、長崎ん町
http://isidatami.sakura.ne.jp/koufukuzi.html
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